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青森の「林檎こけし」
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青森といったら、やっぱり林檎。
林檎といったら、やっぱり「リンゴの唄」なんでしょう。
敗戦後の日本の混乱期、多くの日本人を勇気づけ、励ましたと伝えられる伝説の歌謡曲が、並木路子の歌う「リンゴの唄」でした。
(「並木路子」という芸名は、もちろん冗談ではありませんでした)
生きることで精一杯だった当時の日本人は、この明るくて爽やかな歌謡曲に、明日への希望を見出したのです。

 赤いリンゴに 口びるよせて
 だまってみている 青い空
 リンゴはなんにも いわないけれど
 リンゴの気持ちは よくわかる
 リンゴ可愛や 可愛やリンゴ


なぜ、どん底の人々が、「りんご」に勇気を与えられたのか。
現代史の分野でも様々な分析がされていますが、歌謡曲と社会が密接に関係した例というのは、いろいろと報告されています。
「なんにも言わないけれど、気持ちよくわかる」というフレーズには、日本人としてのアイデンティティが込められているのかもしれませんね。

さて、今回の青森の「リンゴこけし」には、そんな歴史的名曲の歌詞が記載されています。

僕が子どもの頃、青森まで行くのもちょっとした旅行だったことが思い出されますね。
当時、僕は北空知地方の炭鉱町で暮らしていましたから、まず、鈍行列車で3時間かけて札幌まで移動します。
3時間の旅といったら、結構な時間ですから、冷凍ミカンを買ったり、珍味を買ったりして、札幌までの時間を過ごしました。
札幌からは特急に乗り換えて函館まで移動します。
そして、函館から先は青函連絡船に乗っての移動でした。
ようやく、青森駅に着いた時のなんとなく寂しい気持ちというのを、今でも覚えています。
旅好きな祖母に連れられて、幼い頃の自分はずいぶんと旅をして歩いたような気がします。
青森の記憶は、そんな祖母との2人旅行、ラーメンが食べたくて連絡船の中でせがんでいたら、祖母は「青森に着いたらね」と、子どもの僕をなだめていました。
けれども、青森の街にも、もちろん青森の駅にもラーメン屋などはなく、結局はホームの立ち喰い蕎麦で空腹を満たしたことも、今では良い思い出ですね。

お土産こけしを眺めていると、そんな昔の思い出が、次から次へと思い出されてしまうのです☆
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by kels2007 | 2007-02-17 23:35 | こけし人形